引用元: 何を書いても構いませんので@生活板  4




900: 名無しさん@おーぷん 2015/04/30(木)16:16:29 ID:swQ
スレタイに甘えて思いっきり愚痴らせて下さい。
長文嫌いな人はスルーお願いします。

うちの義母は義父のことをすごく嫌っていた。
元々親が気に入って結婚させられたとかで、義父を愛したことはないらしく(これは直接聞いた)
嫌うには嫌う何かがあったんだろうから、それは仕方のないことだろうと思うが
義父の方は妻を大切に思ってるフシが見えたので、義父が可哀想だと思っていた。
私にはいい義父だったから。







夫の知る限り、義父は浮気も賭け事も一切やらないそうだし、
お酒は好きだけど意志の強い人で溺れることもないそうだ。
おまけに義父は割と名の通った会社の管理職まで出世しており8桁の年収を稼いでいる。
私からみれば、好きになれないのは仕方がないにしても、
結婚以来ずっと専業主婦で、早期にマイホームも取得し、
義父は義両親とも若い時に他界しているので嫁姑の苦労もしたことがない。
その上経済的に豊かとくれば、それだけでかなり恵まれてると思ってしまう。

一度義母に「そんなに嫌いだったら離婚しようとか思わなかったの?」って聞いたことがあった。
「ひとりで生きていけるほど器用でもないし、子供の為に離婚はしたくなかった」って言われたけど
たぶん前半がメインだと思ってる。
だったらそれでもいいから、夫を憎む以外に
自分で人生を楽しむ何かを見つける努力はしなかったのかと不思議でならない。


その義父が定年退職を迎えて単身赴任先から戻ってきた。
実は60歳で一度定年を迎えているんだが、嘱託として延長していたのが再び定年を迎えたわけ。
義母は更に延長させてもらうよう求めていたが、義父自身がもう十分働いた、これからは趣味をやりたいと。
そして家に居るようになって一年が過ぎた頃のこと。
義母が(自称)鬱になった。
ある日義父から電話があって「かあさんの様子がおかしいんじゃ。助けてくれ。ワシにはわからんのじゃ」と。

901: 名無しさん@おーぷん 2015/04/30(木)16:16:50 ID:swQ
車で10分の距離。只事じゃないと思ったから半休取って急いで行ってみたら布団に包まってる義母の姿。

「お義母さん、どうしたのさ?」「・・・」「具合でも悪いん?」「・・・」
「言いたいことあるなら言いなよ」「・・・タヒにたい」
「んあ?」「もうタヒにたい。なんもしたくないし、なんも面白くないし、生きててもつまらん」
「ふーん、じゃとりあえずお義父さんにそう言ってくる」「なんで!!」(ガバッと起きる)

とまぁ、そんなふうに一応は布団から出たので色々話を聞いたら
とにかく義父が近くにいると息がつまるらしい。
「お義父さんの何がそんなに嫌いなの?」って聞いても「とにかく嫌い」とだけ。

「でもお義父さんって、別にお義母さんを虐めたりもしないでしょー。優しいし」って言ったら
「嫌いなもんは嫌い」って言うから、
じゃあまぁとりあえず気のすむまで寝とれって言って、義父と話をした。
義父は自分が好かれていないことはさすがに気付いてるから、寂しそうな目をしてたわー。かわいそ。

義父には「お義父さんが心配して治ることじゃないと思うから、とりあえず食事だけ運べば?
お風呂もトイレも我慢できなくなったら自分でやるでしょ」って言って帰ってきた。
なんかあったら電話してって言っておいたらちょっと安心したっぽい。

その後、義父から「ごはんを全然食べてくれない。もう3日も食べてないけど大丈夫かな」と電話があった。
それで再び義実家へ。
義母は相変わらず布団に包まってる。布団を引っ張っても引っ張り返してきて顔を出さない。
この力強さは3日食べてないやつの力じゃねーぞwと思って、足元の方から布団を剥がしてやった。
思った通り、布団の中からカステラが出て来た。
お義父さんの目を盗んで音のでない食べ物を布団の中に持ち込んでたようだ。

義父にはありのままに話して、心配しなくていいから、
近いうちに病院に連れて行った方がいいかも知れないけどもう少し様子をみようって話した。
今思えばこの時に気付くべきだった。


義父、認知症を発症してたんだ。かなり進行が早かった。
ちょっと考えたら分かることだった。
自分が買ってきたカステラが無くなってたら、どうしたんだろうって
いつもの義父なら当然気付いてたはず。

902: 名無しさん@おーぷん 2015/04/30(木)16:17:09 ID:swQ
そのカステラの一件以降、電話が殆ど無くなった。
私の方が気になって様子伺いの電話をすると「あー、うん、大丈夫だよ」とか言うので
なんとなく引っかかりはあったけど一応は大丈夫なんだろうと思ってた。
私の方も仕事やら趣味の展示会が近づいてて忙しかったのもあったんだけど
面倒事から逃げたいってのが根底にあったんだろうな。

そして数カ月後、義父はあっさりこの世を去った。
何故か夜中に散歩に出掛け(そんな習慣はなかった)側溝に転落して。


義父のお葬式の時、たぶん夫がタヒんでもここまで涙は出ないだろうってぐらい泣いた。
あんなに真面目に一生懸命働いて、こんなタヒに方酷いって思った。
そして義母のことが憎くてたまらなくなった。

私は元々義母のことは嫌いだった。夫との結婚を反対したのは義母だけ。
それも反対の理由が私が高卒であることと
我が家が子沢山家系でみっともないからと言われたから。
子沢山家系って言っても、私の世代で4人兄弟なんて珍しくもないし
父も母も6人兄弟姉妹だけど、父母の世代ではごく普通だったはず。

結婚後も私が働くことを嫌がったのが義母。
まるで息子に甲斐性がないみたいじゃないか、これみよがしに、と。
義父は結婚しても仕事を辞めないってことは、それだけ遣り甲斐を見出してるんだろうし
息子が納得してるならいいじゃないかとフォローしてくれた。すごく嬉しかった。
それが余計に義母には気に入らなかったんだろうな。

義父の事を尊敬し、義父の事が好きだったから、義父の為に義母とはうまく付き合ってただけ。
義母の老後の世話なんて冗談じゃない。
夫にもその気持ちは話した。(ちなみに夫はひとりっこ)
夫が国内外出張の多い仕事だったし、引き取ったとしても自分の親なのに自分が世話できないのは分かってたし
何より夫も義母を嫌っていたので、私の意見を聞いてくれた。

義母はまだ70代だけど老人ホームで暮らしてもらっている。
あの性格故に友達もできないらしく、職員さんともよく衝突してるらしい。
時々「アンタたちの生活の邪魔はしないから同居させて」と言ってくるけど私はスルーを決め込んでいる。
夫がハッキリ断ってくれるので助かる。

903: 名無しさん@おーぷん 2015/04/30(木)16:17:30 ID:swQ
こうやって吐き出した文章を読み返すと、義母の四面楚歌な状況が憐れにも思えてくるが
被害者意識ばかり強くて加害者意識が薄く、(自称)鬱を盾にして
「自分は鬱だから優しくしろ」「鬱の人間にNOと言うな」と言うような人と一緒には暮らせない。
義母の人生は自分でなんとでも軌道修正できた環境にあったはずなのに
自分で1も動こうとしない人に幸せなんか掴めるわけがない。
酷い言い草が続いたと自分でも思うけど、この気持ちは変えられないと思う。


この間、夫が義伯母から「冷たい嫁さん貰ったねぇ」なんて言われてて
もちろん夫激怒で追い返してたけど、もやもやもやもやして吐き出したかった。
無駄に長文失礼しました。



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